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孫正義「志」を語る (全編)

皆さん、ソフトバンクの孫です。
今日はお忙しいところ、たくさんお集まりいただき本当にありがとうございます。

今、オープニングのビデオを見ていただきました。今年はまさに、龍馬伝があって龍馬ブームと言ってもいいくらいの状況になっておりますが、このビデオは、もう今から4、5年前に作ったものでありまして、ソフトバンクのロゴマークですね、皆さんの携帯だとか、いろんなところにロゴマークのイコールサイン、ロゴマークが出ておりますが、あのロゴマークは、この海援隊の、龍馬の海援隊の二本線の旗のしるしから生まれたんですけども、そのぐらい私が坂本龍馬にあこがれている、そういう経緯で決まったわけであります。

今、日本はまさに、当時の幕末の状態ではないかなと、いうふうに思っています。
この20年間くらい、日本はもうほとんど、GDPが成長してない。
いろんな政治的な問題、あるいは経済の問題、国全体が活力を失っている、いうことであります。

こういうときこそですね、日本をもう一度よみがえらせる、日本の夜明けをもう一度迎える、そういうためには、龍馬のような、高い志(こころざし)、また高い志に多くの若者たちが結集してですね、この世の中をもう一度活性化させると、そういう想いが、大切なんではないかな、と思います。

我々ソフトバンクは少なくともそういう想いを持って、事業を進めておるわけですけども、もちろん我々ソフトバンクだけではありません。日本にはまだまだですね、素晴らしい人物、そして会社、組織、あることであろうと思います。
そういう人たちが奮起して、また皆さんのように若い人たちが一念発起して、日本にもう一度夜明けを迎えさす、そういう気概で頑張ってほしいものである、というふうに思います。

今日は、新卒の学生の皆さん向けの講演会、会社説明会というのがそもそもの趣旨で、このようなイベントを催しておりますけれども、あわせてですね、Ustreamを使って、多くの人々に、ライブ配信して見れるように、ということで同時に流しておるわけです。

また、それを見ながら、ツイッターで私が今話している内容が多くの人々に伝播しているという状況であります。
ですから今日は学生の皆様方だけというよりは、少なくとも、そういう志ということに対して、なにがしか興味がある方々が同時に聴いておられる、見ておられる、という状況だと思っております。

今日の一番のメインのテーマは、ソフトバンクの会社案内というよりはですね、そもそも私は何を想ってこのソフトバンクの事業を興したのか、どんなことを成したい、というふうに思っているのか。どういう志を持っているのか、そのことをメインに話をさせていただきたいと思います。

それが、ソフトバンクの会社ひとつひとつの事業を細かく説明するよりも、もっとも我々の会社の特徴を説明することになるのではないかというふうに思うものであります。

「志し高く」これは私が一番好きな言葉でありまして、もし人からサインを求められたり、座右の銘を、というようなことで聞かれたときには、必ず私は大好きな言葉である、志を高く持って人生を歩んでいくんだ、ということであります。

それでは私自身が、どういうきっかけで、その高い志を持って人生を歩みたいというふうになったかということですが、一冊の本があります。

15歳のときに読んだ「竜馬がゆく」であります。

この司馬遼太郎さんの書いた「竜馬がゆく」この本を読んで、衝撃を受けたんですね。それまでどちらかというと、あかるい中学生、小学校時代過ごしましたけども、サッカーとか野球とか、剣道だとか、そういうスポーツをしたり、友達と一緒に、夜まで走り回って遊んで、というような生活を過ごしてきましたけれども。

たまに本を読むといえば、ヘルマン・ヘッセの「車輪の下」というちと暗い本で、そこにそんな本を読むよりはもっと男らしい本を読んだらどうだ!と家庭教師の先生に言われて読んだのが、この「竜馬がゆく」でした。
目からウロコといいますか、1回しかない人生。

この中で、NHKの「龍馬伝」を見ているという方、ちょっと手を挙げてみていただけます?

おお、すごい。8割くらいかな。

世の中一般の人々より、ここに来ている皆さんの龍馬伝を見ている視聴率は8割以上あるというのは、そういう好きな人が集まっているということだと思いますが、この龍馬伝を見ているとですね、皆さん、昨日も私ボロボロ泣きました。

脱藩をした、土佐の国に迷惑がかかるかもしれない、でも乙女姉は「龍馬、行ってこい。おまえは土佐に納まりきれる男じゃない、もっとなにやらでっかいことをやる、そのためなら自分のことはかまわん。行って来い!」

そうやって送り出した。あのシーンのところで涙がボロボロボローッと出てしまいましたが、脱藩をする、あのシーンで僕がボロボロに泣いたのは、あの自分の人生にちょっと重なってるところがありまして、僕が16歳で、アメリカに渡ったわけですけども、そのときに私の父親が血を吐いて病院に入院しているとき、だから家族も心配する、家計がどうなるのか、家がどうなるのか、ということも含めて、不幸のどん底だった。そのときに僕は一人アメリカに行くと。

もうむちゃくちゃに言われましたよ親戚から。
親が病気して倒れて入院してるときに、なんでお前はそんなひとりアメリカに行くなんてことを言えるんだ! 冷たいヤツだな。
言われました。

担任の先生からも校長先生からもクラスメイトからも、お前まだ高校一年生の1学期で、なんでそんな状況でアメリカに退学して行くんだ?
というようなことを言われましたけども、私は決意して、アメリカに行ったんですね。

僕としての脱藩に相当するのが、病気の父親をおいてアメリカに行ってしまうということだったんですね。

僕はそのとき言いました。おふくろにですね、泣きながらしがみつくおふくろに、

「おふくろ、病院の先生に聞いたら、親父は死にはせんと言うてる。血を吐いたけど死にはせんと言うてる。

ここ何年かの家庭のことを思えば、家にいて、学校で勉強して、家族のために、それはそれで大事なことかもしれん。

でも、これから何十年のことを思ったら、家族のためにも、そして家族をさらに超えて、自分が何か事を成す、このことのために、人生を捧げたい。だからわしゃ行ってくる!」

いうことで涙を振り切って行きました。

私にとっての志、それにちょっとめばえてしまったということですね。あの本を読んで。
志って何だ? そのときは何を成したいか、というところまでははっきり見えていませんでした。

しかし何かでっかいことをやってやろうと、何か多くの人々を助けたい、自分の、あるいは自分の家族のそういう私利私欲とかではなくもっとでっかい、人生を燃えたぎらせたい、ひきちぎれるほど頑張ってみたい、それを成したい。
というその想いだけは強烈にめばえてしまったわけですね。

それがこの、私にとっての志。

多くの人、百万の人々を助けたい。百万千万の人々を助けたい。そういう人々に貢献したい。何かでっかいことをして、それを成したい。

金銭欲とかじゃありません。そんなことじゃなくて、何か本当に多くの人々に、あいつがいてよかったと思われるようなことをしてみたい。
ということで、決心したわけですね。

私にとって人生5つの大きな勝負があります。

第一回目の人生にとっての勝負、それは、こちらです。

1.志を立てて、渡米

15歳のときにアメリカに渡りました。
15歳の夏にアメリカに1ヶ月間の夏休みに英語の研修で行きました。

もう目からウロコですね。本当にもうアメリカの広い、世界で一番大きな国、一番文明が発達してて、力があって、輝くばかりのアメリカ。

龍馬が「海外に行ってみたい、アメリカを見てみたい、ヨーロッパを見てみたい」、でも行けない。吉田松陰先生が「わしゃーアメリカに行く、外国に行くんだーッ」と船に密航しようとして、みつかって、切腹させられましたね。

あれほど命をかけて見てみたい、という人々が行けなかった外国を自分は見ることができる。

そんなチャンスがあるから、見てみたい、と思って見てみたら、なんとびっくり、これは日本とは比べ物にならんぐらい、何やらすごいということを感じて、これはもう居ても立ってもいられず、「脱藩だーッ!」

ということで、バシーッと退学届けを出して、高校一年生の1学期で、退学届けですよ。
校長先生も担任の先生も、せめて休学にしたらどうだ、せめてアメリカに行くというのなら大学に行ってからでもいいじゃないか。大学卒業してからでもいいじゃないか。

せめて、いまどうしても行きたいというなら、休学にしたらどうだ。1、2年行って、様子みて帰ってくる、その辺でどうだ、手を打たんか、と。
そういうような話でした。

私は校長先生に言いました。

「先生!僕は弱い男です。アメリカに行って、英語がようわからん。ひとりで行ってどんな生活になるかわからん。困難にぶちあたったら、くじけて、弱い気持ちになって、戻ってくる古巣があればそこに戻ってくるかもしれない。それじゃ腹が据わらん。

退路を断たないと。退路を断たないと、困難に立ち向かえない。だから休学届けじゃなく、退学届けにさせてください。

私はこの高校をすばらしいと思います。先生方も生徒も、僕には何も不満はない。だから不満があって退学するんじゃないんだ。みんなすばらしい友達で、みんなすばらしい先生で、こんなに一生懸命とめてくれる校長先生も担任の先生も、僕は本当すばらしいと思う。

だから嫌いで行くんじゃないんです。チャレンジのために行って、挫けて帰ってきたら、ええことなにもない。だから、退路を断つんだ」

いうことで勝負してアメリカに行ったんです。

行ったアメリカで、めちゃくちゃに勉強しました。自分で好きで行ったわけですから、自分で望んで行ったわけですから、言い訳いいとうない。
死ぬほど勉強しました。

みなさんが大学生で今現在と、当時の僕の状況と、5000人近くの人いますけど、絶対に言えること、僕より勉強しているヤツはいない。

自信持って言える。

なぜ言えるか? 途中で肺炎になっても、肺炎になったことがわからないぐらい、ゴホゴホ、ゼーゼー、頭がガンガンして、その状態でも一切休まずに、一度も授業を休まずに、いつも前列のど真ん中で座って、食い入るように先生を見て勉強して、トイレに行くときも絶対に教科書から手を離さない、読みながらトイレに入る。道歩くときも教科書を読む、運転するときもイヤホンで授業の内容をテープでもう一度復習しながら、寝る時間だけ、寝る時間でも最小限の時間、もうろうとしながら、寝てる時間以外は全て勉強する。

英語がわからん、そんなことわしゃ言い訳に使いたくない。それまで日本にいて高校まではイヤイヤ勉強してましたよ。イヤイヤ勉強してるからいろんな言い訳言うとった。したくないものをしてるから。何のために俺は勉強せにゃいかんのか。そうやって言ってましたから。こんなもの世の中に出て役立つんかー!とか言うてましたから。
大概、手抜きの勉強でしたよ。

でもアメリカに行って、それこそ血を吐いてる父親を置いて、泣く母親を振り切って、アメリカに行ったわけですから。
そういう状況の中で、ワシがここで言い訳言って勉強さぼってどうすんや! 学生のワシにとっては勉強は本業や。本業中の本業に命燃やしてちぎれるほど勉強しなくて、罰が当たる。

思ってやったんですね。

ですからここにいる皆さんより、少なくとも勉強の絶対時間では、一日当たりの勉強の時間数では、ワシに勝つヤツは誰もおらん。少なくとも同じくらいやってる人はおるかもしれない。
でも物理的な限界を超えるくらい僕は勉強した。
そのくらい、燃やして燃やして燃やしまくって、やった。退路を断って、アメリカに行ったからには、でもそれは僕にとっては人生の大きな勝負どころ、転機だったわけですね。

その行ったアメリカで、高校1年生に入った。1週間で、校長先生にかけあって、もうこりゃいい、2年生に変えてくれ。2年生に変えてもらった。教科書を全部取り寄せて、3日たったらまた、全部2年生の教科書は全教科読んで、斜め読みして、校長先生に言いに行って、「2年生もいらん! 3年生の教科書を全部くれ」言うて3年生に変えてもらって、また3日で3年生の教科書を全部読んで、「もうこれもいい、わしゃ高校はいらん! 大学に行きます。先生さようなら」と言って、そのまま大学に行きました。

だから高校生は、日本で1年生の1学期の3ヶ月間、アメリカで合計2週間。それで高校はもう終わり、と。
ということでそのまま大学に行ったわけです。

大学では、死ぬほど勉強しました。

その大学の3年生のとき、出会いは突然訪れました。

19歳のとき。初めてマイクロコンピュータのチップの写真を見た。
生まれたばかりのマイクロコンピュータのチップ。

それを科学雑誌に1ページ写真が載っていた。
これを見て「ガーーーン」と衝撃を受けたんですね。

車を降りて、道で読みながら歩いてた。
そしたら何やら未来都市のような、未来の都市の設計図のような、カラーの写真があった。

なんだろうな、不思議な写真だなあ。初めて見る写真だな。と思って次のページをめくったら、これがなんと、マイクロコンピューターのチップの基盤写真だったということを知った。

それが人差し指のさきっちょにちょんと乗ってるぐらい。これを見て、もうボロボロボローッと涙が出たんですね。全身の両手両足も指先がじーんとしびれて止まらない。
人類はなんてすごいことをしたのか。
人類は初めて自らの脳の働きを超えるかもしれないものを、人類は作った。発明した。

このことのすごさを、このことの感激に、私はショックを受けた。感動した。

このことによって、20世紀のこれからの終わり、21世紀のどういうふうに人類社会が発展するんだということを想像し始めたら、もうおそろしい衝撃で、感銘を受けたわけですね。

その結果それを使った発明に結びついたということなんですけども。

まあ、さきほど言いましたように、親父は血を吐いて病気で入院してる状態でしたから、何年間か入院してました。あんまり家族に経済的な負担もかけちゃいけない。いうことで僕は19歳の3年生のときに、1日1つ、1日5分間、勉強以外に費やす。

食事するときも必ず教科書を左手、左手に教科書、右手で箸とかフォーク。そん時思ったんですけどねえ、一度ゆっくり両目でお皿を見て料理を食べたいな。そしたらどんなにおいしいだろうかな。そんな贅沢ってあるのかな。
と思ったわけですよ。

皆さん食事するとき大概両目でお皿見て食べるでしょ。僕はね、そんな贅沢はなかったんですよ。そんなことはできない。必ず、食事するときも教科書をにらみながら、視野のはしっこにボーッっと見える皿にフォークを突き刺してとりあえず刺さったものを食べる。ときどき胡椒みたいなのがそのまま入ってガーッと叫んだりすることも。

それくらいの状態。

だから5分間、自分に勉強以外の時間を与えるということは、どれほどの贅沢か。学校の勉強以外の時間を僕に5分間与える。こりゃ大変な贅沢だ。

その贅沢なその時間を、1日1つ、何か発明をしようということにあてた。

1日1つ何か発明して、その中から1つ1年間かけて選んで、その発明で一山あてようと、そういうふうに思ったわけです。

1千万くらい稼ごうかなあ、と。

1日5分のアルバイトで、1年間頑張って1千万稼げたら皆さんいいアルバイトだと思いません? 今の時代でもねえ?

1日5分仕事して、1年間働いたら、1千万たまった。月100万円。そりゃいいアルバイトです。ねえ、なかなかそんなアルバイト、今でもない。

30年以上前ですよ。33年前ったら、その当時の貨幣価値からすると気の狂ったような目標ですよ。
友達にそんないいアルバイトないかと聞いたら、みんなから笑われましたよ。お前アホかと。一瞬で却下でしたけれども。僕は真剣でした。

そんなムシのいい話は発明ぐらいしかないぞ。あの松下幸之助さんですら、小さな発明から会社を興した。ワシもなんか発明してみよう。

いうことで、自分に与えたレジャーの時間、つまり発明の時間。そこで1日1つ発明しよう。で、できました。完成しました。

250、発明しました。

最近僕はツイッターで「できました」というリストをいろいろやってますが、まさに「できました!」。
1年間で250、発明しました。1日5分間ずつで。
なかにはしょうもない発明もいっぱいありました。でも、そのうちの1つが、世界初の、フルキーボードのポケットコンピューター。マイクロコンピューターを使った、世界初のポケットコンピューター。今ではiPhoneのはしりのようなね。
これを19歳のときに発明しました。

自分ひとりじゃものは完成しないんで、仲間を集める。僕を手伝ってくれ。

世界的に有名な大学教授、5、6人集めた。それでプロジェクトチームができた。

僕は学生なんで1日5分しか時間がないんで、先生手伝ってくれ。先生に給料払う。先生に空いてる時間で僕のためにアルバイトしてくれと。1時間いくら、先生に払います。

教授を雇った。

ネゴをするのはいやだから、「先生、1日にいくらかは先生が自分で決めてくれ。先生がほしい金額を出します」

ということで「なんちゅーことを言う学生だ」という話でしたが、
「ひとつだけ先生条件がある」
それは
「先生が書いたとおり申告してください。だけど、できあがったら全額払います、申告どおり全額払います。だけど僕には今金ない。できあがって完成して特許が売れたら、売れた金額から先生に全額払う。

だからうまくいかなかったら先生ただ働きです。
うまくいったら先生方の申告どおり満額出します。

そういう条件でどうですか?」

笑い出した先生たちがね。おもしろいことを言う学生だ。わけわからん話だけど、やってみるか。

ということで僕の発明を実現するプロジェクトチームができたということであります。

そのときに、人生50ヵ年計画を立てました。
これです。

そのときの研究員、左側にいる毛むくじゃらのおじさん。彼が僕のプロジェクトチームのメンバーの一人ですね。ほかは世界的に有名な大学教授。

彼らが僕に「ボス、つぎ何をやればいいんだ?」僕から指示を仰いでいる。摩訶不思議な関係でした。

そんときに僕は人生50ヵ年計画を立てました。19歳のときに。

2.20代で名乗りを上げる。

自分の事業を興す。自分の業界に名乗りを上げる。

30代で軍資金を貯める。軍資金は、1000億2000億数える規模じゃなきゃいけない。

40代でひと勝負をかける。
一兆円二兆円と数える規模の勝負をかける。

50代である程度事業を、ビジネスモデルを完成させる。

自分のライフプランとしてのモデルを50代で完成させる。

60代で、次の経営陣にバトンタッチをする。僕の次の経営陣について、ちょうどいまから10数年、皆さんの世代です。
皆さんの世代の人たちから次の経営陣が出てくる、ということになるんだと思います。

そういう大まかに分けて、5つのステージ。20代30代40代50代60代、その5つのステージのライフプランを、一度も変えてません。

19歳のときに立てた、僕自身のライフプラン。一回も変えてない。
そのときはお金は1円もないですよ。1円もないけども、自分のアイディアを思いついて、設計図を書いて、特許にする。

設計図を書いて特許にする、そこまでは僕がやった。特許に出した設計図を具体的に試作機を完成させるのはさっきの教授陣と一緒にやった。

お金はないけれども、でも、志しだけはもうはっきりしてた。何かでっかいことをして、何百万の人々に役に立つ。そういうことをしたい。もしそのときに自分が持ってる技術、知識、情熱、そういうものが役に立てばいいなあ、と。

いうことで、20代で名乗りを上げました。

それが、ソフトバンクの設立であります。

大学を卒業して、日本に帰ってきた。
日本に帰ってきて、僕が大学を卒業するちょっと前に。アメリカでは優秀な学生はたいてい大学院に行く。大学院で博士号まで。僕のクラスメイトも優秀な学生はそういう人が多かった。

僕が大学4年のときには、過去むちゃくちゃ勉強してましたから、大学院の中でもハーバードだとか、スタンフォードだとか、バークレーだとか、MITだとか、そういういくつものところから、月謝はいらないから、学費・入学料もいらないから、うちの大学院の博士号課程に来ないか? そういう招待状がいくつもの大学院から。そのくらいむちゃくちゃ勉強していて教授からも推薦状が出てました。

でも僕は全部お断りして、おふくろと約束した、大学を卒業したら日本に帰ってくると。ということで約束どおり帰ってきた。

すでにアメリカにいるときには会社を興してました。
19歳で発明して特許をとって、実際は1年半で1億7000万ほど稼ぎました。

その最初にやった発明の、教授も一緒にやったヤツ、シャープに売り込みました。特許を売り込みました。1億8000万円もらいました。
もうひとつ、コンピューターのゲームを、そちらも1億5000万くらい。

僕は19歳の学生のときに1年半で当時のお金で3億以上、3億9千万円。

最初にたてた目標、1日5分働いて1000万円ぐらい稼ぎたい。
実際には1日5分働いて1年半で3億9000万稼いだ。

今の貨幣価値で言えばもっと大きいですね。
いまの何倍かの価値があると思いますが、そのままずっと発明を目指す、町の小さな発明家という人生の選択肢もありました。

でも僕はそうじゃなくて、もっとでかいことをやりたい。いうことで会社を興そうと。

日本に帰ってきて、会社は売却しました。
僕が学生のときにつくった会社は売却しました。

そして日本に帰ってきて、ソフトバンクを興すことになったんですが、でも日本に戻ってきて1年半、悩みに悩み続けました。

きっと今の皆さんもですね、大学卒業して、これから自分の人生どうすごそう、いろんな意味で悩んでるんだろうと思います。就職難でもありますからね。ソフトバンクの孫正義の話を興味半分、野次馬半分でですね、今日は来たと思いますが、きっと悩んでると思います。

自分の人生これからどうすごそうかと。
どういう人生にしようかと。

いろんな選択肢があるんだと思います。僕も悩みました。大学を卒業して日本に戻ってきて、1年半、悩み続けました。

でも、安易に決めたくない。たまたまぶちあたった、たまたま親が、たまたま何かのご縁で、そういう安易なことで決めたくない。

なぜならば、自分で決めた自分の職業、自分で決めた自分の仕事、これコロコロ変えるわけにはそんな簡単にはいきません。

だいたい決めたらその道にほぼ行く可能性が高い。その決めたことをフラフラするということは、効率悪いんです。
自分のエネルギーをどこについやしたらいいのか。

自分が登りたい山は何なのか。
自分の志ってなんなのか。
自分の成したい事ってなんだろう。

これを決めることが大切だ。
ということで、この一文を僕は覚えています。

登りたい山を決める。
これで人生の半分が決まる。
いうことであります。

これはその当時僕が大学を卒業して日本に帰ってきて、1年半の間、このことを思い続けたんです。

自分で登りたい山、これを決めなきゃいかん。
これを決めることで、人生半分決まってしまう。

自分のテーマ、人生のテーマ。
人生の志、自分にとっての志。

もう一度、龍馬のほうに戻ります。

何を成すために自分は生まれてきたのか。

事を成す、その事ってなんなのか。

自分にとっては、事業家になりたい。自分の人生、一生をかけるのに
そういう仕事ってなんなのか。

40ほど考えました。新しい事業を考えた。

人々がやってないこと、新しいこと、人の役に立てること、一番になれること。儲かること。

自分が継続して好奇心を持ち続けられること。
意欲を持ち続けられること。

多くの人々に役立つこと。

常に何か技術革新があって、そういうような業界じゃないと、自分の心が熱くならない。
情熱さめてしまいます。

冷めない情熱を一生持ち続けられる、それって何だろう。

ということで考え続けました。

私にとっての事を成す、その事ってなんだろう。私自身の決断が「デジタル情報革命」であります。

事を成す。
デジタル情報革命を通じて、多くの世の中の人々に、世界中の人々に、知恵と知識を共有できるような、そういう何かでっかいネットワーク、プラットフォーム、そういうサービス、っそういう事業を作って、人々の知恵と知識がすごい大きなデータベース、ネットワーク、そういうものに収められて、それをみんなで共有することができて、人々がより幸せになれる。
より幸福になれる。より仕事の生産性があがる。たのしくなる。病気の人が助けられる。

そういうような仕事、それであれば、人生を賭けるにふさわしい、というふうに思ったわけですね。

その志が、「よし、これだッ! ワシの人生を賭けるのはこの志だ。この志だ。このためにワシは生まれたんだ。このために人生を賭けるんだ」
いうことで、決意をして、会社を興しました。

それが、ソフトバンクであります。

日本ソフトバンク。
福岡の小さな町、雑餉隈(ざっしょのくま)というところで会社を興しました。

資本金1000万円。アルバイトの社員を2人雇って、僕とアルバイトの2人で会社を興した。

で、彼らに、これからソフトバンクという会社を興して、立派な事業を興すぞ。情報革命だ!
コンピューターを使った、コンピューターの力で。マイクロコンピューターがデジタル社会、デジタルの、情報革命を起こすんだ。

そう1時間くらい、最初の朝礼でブチました。

2人のアルバイト社員を前にして、みかん箱、当時みかん箱っていうのは木の箱でした。この箱の上に乗ってですね、30年後の我が社の姿を見よ! ということで朝礼をブチました。

少なくともソフトバンクは30年後には豆腐屋さんのように、数の単位を一兆(丁)二兆(丁)と数えるぞ。
一兆二兆以下はものの数ではない!
1000億5000億はものの数ではない
一兆二兆と数えて初めてものの数だ!

そういう規模の会社にするぞ。
世界中の人々に情報革命を提供するんだ!
いうことで会社を興した。
ということであります。

そしたら1週間たったら二人とも辞めちゃいました。
「この人おかしい」「気が狂ってる」と。

こんなちっちゃい福岡のエアコンもない扇風機だけブーンと回ってるむさくるしい暑いこの部屋に、また熱い話を聞かされて、これはちょっと気がおかしいんちゃうか。
ということで二人とも辞めてしまいました。

また僕1人になりました。
でも僕の心は一瞬もひるまない。
一回も変わらない。

創業してすぐに勝負に出ました。
人生二発目の勝負であります。

創業一ヶ月後の大勝負。

資本金1000万円の会社です。

私がアメリカで学生のときにつくった会社は当時のナンバー2の副社長に売却しました。
お金は後払いでいい、とカッコつけて言ってしまった。
だから手元には金がない。
彼はまだ会社をアメリカでやってる。

後払いということで、現金がとりあえず1000万円くらいあるので、1000万円で資本金で作りました。
その1000万の資本金を、1ヶ月後、創業して1ヶ月後に全額使っちゃった。

大阪でエレクトロニクスショーで名乗りを上げた。資本金1000万円のうち800万円使って、「ソフトバンクという会社を興しました!」と。

これからパソコンというものが世の中あふれかえる時代が来る。
そのパソコンにはソフトが必要です。
ソフトは私んとこが販売します!

この名乗りを上げるのに、800万円使った。

あわせて、どんなソフトがあるんだ? ということでカタログ代わりの雑誌を一冊作った。ソフトのカタログだ。
これで200万円くらい使った。

つまり会社を作って一ヶ月で全額使っちゃったということです。

なんちゅう無謀な、名乗りを上げて、そういうことさ、そのあとなんとかなるさ、というくらい、若かったですね。
全額使っちゃった。

それでお客さん来なかったらそれで終わりということですが、実際お客さん来なかった。

1週間たったら、電話が1本来ました。

「孫さんですか?」
「はい」
「上新電機と申します。エレクトロニクスショーで、ソフトバンク展示コーナーを見ました。驚きました。素晴らしい、ぜひ取引をしてください」

いうことで、そこから取引が始まりました。

そこから一気にうなぎのぼりで、まったくゼロの売り上げから、1年ちょっとで30億円の年商になりました。

博打の勝負が当たった、ということですね。

お客さんがドーンと来て、社員2人のところから、1ヶ月後にはですね、15坪のところに引っ越した。15人くらい。

また1ヶ月したら、100人くらい、100坪くらいに引っ越した。

また2ヶ月くらいしたら、300坪のところに引っ越して、150人、200人の社員。

1年間で年商30億になった。そこから倍々ゲームでしたね。

でも最初の1ヶ月目のころは、当たるか外れるかの大博打。

でも最初のxxからガーンといきなり週刊誌とかで特集組まれて、何か「彗星あらわる」みたいな。ちょっともてはやされました。

そのあとに大きな苦難が待っていました。

創業して1年半、僕が会社の健康診断を受けたら、重症だと。肝臓が悪かった。即刻入院。
そこから3年半。入院出たり入ったりを繰り返した。

仲間たちは去っていく。
お客さんも、「あの人最近見ないね。なんか不義理になった」
資金が足りない。
社員も去っていく。
もうなんかむつかしいことだらけ。

困難がありました。

ライバルの会社からは、我々が広告を出すことすら拒否された。
もう本当にどん底でしたね。
そういう状況になりました。

でも、支えてくれた仲間達が居ました。
社員、パートナーさん、お客さん。
そういう状況があった。

なんとかそれを乗り越えた。

そして30代がやってきました。
病気も治ってもう一度仕事にチャレンジする。

アメリカに行くぞ。
もう一度あの学生時代に学んだアメリカにチャレンジするぞ。

そろそろ軍資金も貯まった。
でも、もっと大きな軍資金を貯めたい。

株式上場だ。株式公開をしよう。そして始まったばかりのインターネットにチャレンジしよう。
ということで、人生3回目の勝負に出ます。

3.アメリカ進出

つまり株式上場、そしてアメリカ進出ということであります。

上場してすぐに、その当時ソフトバンクの時価総額は2000億円になった。2900億円ですね。

2900億円のときに、その資金を使って、会社全体の価値が2900億円のですよ、そのときにまずアメリカで、世界最大のコンピューターの展示会「コムデックス」

創業のときに我々が最初に出た展示会が大阪のエレクトロニクスショー。そこで800万円使ったわけですね。

今度は800億円使った。800万円ではなく、800億円を使って、世界最大の展示会を買収したんです。

そしてさらに出版もやってましたけど、出版もコンピューター業界の世界最大の出版社「ジフデービス」という会社があります。
この会社を買収するということです。

これが人生3度目の勝負。

コムデックス、800億円。
ジフデービス、2300億円。
合計3100億円使ったんです。

会社全体の価値が2700億円のとき。
また全額使っちゃったということですね。

またクレイジーだといわれました。

でもここが勝負どころだ。なぜならばこれからインターネットの時代が来る。新しくやってくるインターネットの時代に、その時代を切り開く地図とコンパスが必要だ。

宝探しに行くのに一番大切なものは、食べ物でもなくて、薬でもなくて、鉄砲でもない。
一番大切なのは、地図と、コンパス。

みなさん宝探しで無人島に行った。何が必要か?
地図とコンパスさえあれば、さっと宝を見つけて、一日で帰れるわけですね。

そしたら食料もそんなにいらない。薬も武器もそんなにいらない。一番大切なのは地図とコンパス。

それに相当するのが、コムデックスと、ジフデービスだと。

この世界最大の展示会。世界最大の出版社。これを2つとも買収しちゃったわけです。

で、探し当てた宝が、ヤフーだったわけですね。

まだ当時ヤフーのアメリカの社員が5、6人でした。そのアメリカの社員5、6人のできたばかりのヤフーに100億円投資して、筆頭株主になった。
あわせてヤフージャパンを興しました。

ということで30代の勝負をしました。

30代の勝負、まあデコボコありました。
でもなんとか乗り越えた。

そして、40代がやってきました。

30代の最後の頂点のところは、インターネットバブルでバーッと株があがっていく。
その絶好調のときはすごかったですよ。

僕の持ち株、ソフトバンクの会社の株の価値だけで、僕の持分だけで、1週間で1兆円ずつ増えていく。僕の個人財産が。
1週間で1兆円ずつ増えていくんですよ。皆さん自分の財産増えたらどう思います?

お金ほしくなくなるよ。

本当に思った。毎週1兆円ずつ増える。

銀座行ってもどこ行っても、買物ということのよろこび、ほしいなあ、とか、ほしいけどどうしようかなあ、とか、迷いとか、喜びという気持ちが、ゼロになる。完全にゼロになる。
1週間で1兆円ずつ増えて、このまま続くと何兆円になるんだろう?

銀座の三越に行っても、買おうかなあ、どうしようかなあ、丸ごと買うかあ、なんて。
丸ごとでも1兆円だったらおつりが来る。

買物の喜びというものがゼロになる。
家を買いたい、車を買いたい、洋服買いたい、そういう喜びはゼロ。
1兆円ずつ増えたらどうしよう。まあ誰か持っていってくれ。ちょっと邪魔だ。というふうに感じる。
そういう気分になったことないでしょ。

ちょっと人間おかしくなるよ。金銭感覚がね。

でもこのときに思ったのは、やっぱりお金よりも人々に喜んでもらえる何かそういうことをしたい。そのことばっかりだった。

人に喜んでもらえる。人から本当に感謝される。そういうことをしたい。

お金はどうでもいい。
40代ひと勝負かけよう。

お金以上によろこんでもらえることをしよう。
お金はあまり見たくない。
お金の話は僕に言わないでほしい。
そんな気持ち。

その直後になんと、ネットバブルが崩壊。

1年間でソフトバンクの株式価値は、100分の1に減った。100分の1。

バブルの頂点のときに僕は3日間だけビル・ゲイツよりお金持ちになったことがある。世界一になった。

お金いらなーい、と思っていたのが、直後にネットバブル崩壊で、ドーンと100分の1になったら犯罪者扱いですよ。

ネット事業に携わってるというだけで、詐欺師のように。まるで犯罪者扱い。

どこの雑誌めくってもですね、ネット事業=詐欺師集団、そんな感じでしたね。

大変でしたその当時。お金いらなーい、と言ってたら、お金なーい、に。

個人的にちょっと借金してたら、借金数えたら僕の持ってる株の価値より超えてる。あちゃー。こういう状況。

いらなーい、なんて贅沢なことを言ってられなくなった。

そのどん底のときに、もういい、もうやぶれかぶれだ、どうせお金ない、ここでもう最後の勝負行くぞ。いうことで既に準備しはじめていた大勝負、ブロードバンドに行くぞ!

もうこれはプランしかない。
バブルの頂点のときに、金が余ってる、というときに、よし、あのNTTに勝負しかけてやる。日本で最大の企業、あのNTTをぶっつぶしてやる。打ち負かしてやる!
ガーッと燃えてましたからね。

で、いざ、というときに、どん底でした。
でももう思い立ったら引けない!ということで、名乗りを上げた。

4.ブロードバンド事業参入!

なぜならそのとき、日本のインターネットは、先進国で世界一遅い。世界一高い。これじゃあインターネット業界に携わってる我々としては恥ずかしい。

シリコンバレーの連中に対して恥ずかしい。

日本は世界で2番目のGDPの国だ、日頃言うとるけど、先進国の中でインターネット世界一遅いぞ。世界一高いぞ。先進国の中で。

GDPは2番。なんじゃその国は。ということでこれは恥ずかしい。だから日本のインターネット業界全部のために、日本のインターネットユーザー全部のために、ワシの人生よりそのことのほうが大切じゃ!

ソフトバンクも大切、ソフトバンクつぶれちゃいかん、ソフトバンクの経営者としての責務はある。でもそれはそれとして、つぶすわけにはいかんぜよと。

あわせてワシは何のために生まれてきたのか。わしゃなんのために志立てたのか。志ってなんだったんだ。そりゃデジタル情報革命だろう。

この革命のためにですね、人生を捧げてるわけですから、ここで怯むわけにはいかん。

この高い高い、世界一遅い、ってヤツを、世界一安くしてやろう、世界一高速にしてやろう。
そのメリットを得るのはヤフージャパンだけじゃないです。もちろんヤフージャパンはメリットを得ます。うちの子会社ですからね。子がかわいいと思うのは親の常です。

ヤフージャパンが喜ぶ。それはいいじゃないか。でもついでに楽天も喜ぶぞ。ついでにニフティとかなんとかいろんな会社もインターネットやってるあの人たちもみんな喜ぶけど、社長いいんですか?

うちの役員に聞かれました。

「バカモン!!」

「そんなこまい、ちまちました考えでどうするんだ! ヤフージャパンが喜ぶ、ええじゃないか。ついでに楽天も、モバゲーみたいなところとか、そのいろいろあるけども、みんな喜ぶでええじゃないか」

大切なことは、自分が競争しているライバルが喜ぶ、なんか漁夫の利を得る、そんなことでなんかけちけちしてもしゃあない。

「ヤフージャパンのユーザーだけ安くしましょうか?」

「バカモン!! みんなに安くしてやれ!」

それでインターネットユーザーの全員が喜ぶ。日本国民が最終的に全部インターネットユーザーになるぞ。日本国民が最終的に全部インターネットユーザーになって、その日本国民が、いつか、いつか、喜んでくれりゃあそれでええじゃないか。

でも社長、我々がやって、我々だけが感謝されないと、ついでに誰のおかげでそうなったのなんて、後の人は忘れますよ。
そう言われた。

僕は、ええじゃないか。名もいらん。金もいらん。地位も名誉もいらない。そんな男が一番厄介だ。

そんな厄介な男でないと、大事は成せない。大きな事はなせない。

こう言ったのは、あの幕末の西郷隆盛であります。

名もいらない。金もいらない。地位も名誉もいらない。命すらいらない。
そんな厄介な男はいない。

そんな男は打ち負かそうにも負かせられないわけですね。

命もいらない。金も地位も名誉も何もいらない。こんな厄介な男はいない。

もちろんNTTから見たらそうですよ。
儲けを計算してない。

当時のNTTさんが出してきた料金体系の5分の1です。8割引。8割引。

世界最高速。NTTの4倍の速度。アメリカもヨーロッパも中国も、10倍の速度。なのに値段はNTTの8割引。
アメリカ・ヨーロッパ・中国に比べても世界一安い。そんなブロードバンドを提供したい。

まさに「なんもいらん」という状態ですね。

もう「殺せ」というような。まな板に乗った状態です。

そのくらいの魂がないと、ひきちぎれるほどの情熱がないと、革命なんてできゃせん。

これを発表したんです。
一晩で、申し込みが、100万件を突破した。

まさに100万の人々を助けるという。1晩で100万件申し込みが来たんですよ。
そんなに用意してなかった。機材を。そんなに来ると思わんかった。
そのときのお客さん半年以上待たせてむちゃくちゃ言われた。
詐欺師! どうしてくれるんだ! と。

お客がそんなに申し込みが来たのにNTTさんはつながしてくれないんだよね。
もう怒鳴り込んでいって、机叩いて。NTTは面倒くさいいろいろ手続きがいるわけです。

もう総務省に乗り込んでいって、これでもうガーーッと机叩いて、NTTの総務省の担当課長に。

ここでわしゃあ灯油かぶる。自分で火つける。総務省のあんた方が言うてくれんと、あの独占的にメタル回線を持って、独占的に局舎を持ってる彼らが繋いでくれん。これはもうあきらかに独禁法違反だ。あきらかに手続きがおかしい。

彼らを担当が正してくれないと、待たしてる100万人のお客様に申し訳が立たない。申し訳が立たないならわしゃもうね、記者会見して、ごめんなさい、申し込みいただいたけども、提供できない。そのことで詫びて、記者会見してお客さんに詫びて、その後責任を取る。ゆうことでわしゃ灯油かぶって火つけてここで死にます!

といったらねえ、総務省の役人がですね、「ちょっと待ってくれ! ここでするのだけはやめてくれ!」

ここでなきゃどっかでやるならいいのか。焼身自殺してもここでやらなきゃいいってことですか。
何を言ってるんだボケ! そういう問題じゃないだろう。あんたが責任をそこで逃げちゃいけないんだ。

がんがん交渉して、結果的には、その場で「何をすればいいんですか?」というから、簡単だ、あんたが偉いわけじゃないけど、あんたんところは許認可の権利を持ってる。電話1本いれてくれ。
「フェアにしろ」ただそれだけでいい。
何をせいと具体的に言う必要はない。ただ単にフェアにしろ。その一言でいい。その一言だけNTTの社長に電話入れてくれ。

何か金をくれとか、不当にこちらに権利をくれとか、そういうことは一言もわしゃ要求せん。ただひとつ、フェアにしなさい。その一言だけ、総務省が言えばいいんだ。

ということで、結果電話してくれました。

そして、そこからやっと手続きが流れはじめた。

まあそういうことで、赤いヤフーBBの袋、皆さんも覚えてますか。

皆さん小学校、中学校のころかな。
あらゆる駅前でヤフーBBの赤い袋が、タダです、持って帰ってください。ブロードバンド体験してください。
これで日本のインターネットが速くなります。

それで日本中でタダで配りまくった。

ネットバブルがはじけて金がないときにようやるわ。ということです。
でもそれはただひとつの想いだったわけです。
参入目的。志。事を成す。

事を成す、それって何だ?
日本で最大のインフラの会社である、NTT。
この会社が独占的にネットワークに、インターネットに、独占的な企業支配を持ってる。
当時は99.9% NTTのメタル回線を使わないと、インターネットのサービスができない。ということだったんですね。

私はNTTの社長に何度か会いに、直接会いに行ったんですよ。
ブロードバンド、始めてください。
ADSLを始めてください。
NTTとしてやってください。
そうしないと日本は困るんだ。

そしたらNTTの社長は
「いや、NTTとしてはISDNをやる。決めてるんだ」

INSって聞いたことありますか? ISDN。もうとんでもないですよ。日本だけなんです世界で。そんなことをやってるのは。これが原因で高いんです。これが原因で遅いんです。
そういう状況で聞いてくれない。

聞いてくれないならしゃあない。
ワシがやる!

いうことで決意してやったのが、このヤフーBB。
ですからこのヤフーBBというのは、我々のゼニ儲けだとか、我々の何か名誉欲とか、そういうことで始まったんじゃないんです。

命の叫びとして、命を賭けて。
これをやったとき僕は、本当に、ついあの2、3週前にも言われました。

孫さん、あんときゃ目が血走っとったね。

あんたが会いに来いというから「わかりました」
仕事の話があるから来い。来てくれ。
わかりました。何時に行きゃいいですか?
今日来てくれ。
何時に行きゃいいですか?
3時だ。
わかりました、どこに行けばいいですか?
ソフトバンクの本社の向かい側の仮事務所みたいなところ、そこでうちのエンジニア達と、泊り込みでやってたんですよ。

3時というからなんだと思ったら、夜の3時。夜中の。
来てくれ、といって来る時間が夜中の3時。
夜中の3時に行ったらウジャーッとエンジニアが汗臭いにおいで、鳥かごのように、養鶏場の鶏のように、作業机に全員並んで、小さな部屋にすし詰め状態。

僕は手を叩いて、叫びまくりながら、やってる。
2時に来たら、3時までミーティング。3時ミーティング終わったときに、とくに部下の方には、じゃあこの仕事6時までに終わらせといてくれ。1回俺家に帰るから。

6時までに終わらせといてくれ。6時ってのは次の日の夕方の6時ではなくて、その日の朝手前の6時。3時間の間にもどってくる。

そうやって1年間、血反吐を吐くような思いで、やりました。

1年間1000億ずつ、4年間赤字だった。

ネットバブルはじけた影響で、2900億の時価総額に落ちちゃったとき、また4000億もの赤字よう出したなあ。

なんとかなるもんです。
高い志があればですね。

まさに我々にとっては桶狭間の戦いだった。

小さな我々の会社が、日本一大きな会社に、しかもバブルはじけたあとに。大変なことです。

でも結果は、我々も頑張った。
それに対抗してNTTも頑張った
イーアクセスも頑張った

いいんですそれで。
誰かがドーンと池に大きな岩を投げ込めばですね、水の波紋がグシャーッと起きる。
そしたらまた波紋が、敵が打ち返してくる。
ええじゃないか。

敵のNTTも、敵のイーアクセスも、情報革命を起こしたいという意味では、同じ志だ。同じ志。情報革命、デジタル情報革命を起こしたい。ブロードバンド革命を起こしたい。という意味では同じ志だ。
だから敵も味方なり。

最悪我が社が押しつぶされたとしても、その結果、日本のブロードバンドの夜明けが来れば、それはそれで目的は達成できた。
日本のインターネットユーザーから見れば、日本の人々から見れば、我々が結果捨石になったとしても、幕末の尊皇攘夷の革命の志士、途中で切り殺されたとしても、結果、維新が起きれば、事は成せり。

もうじき龍馬伝ではね、久坂玄瑞死にますけども、既に吉田松陰先生も死んだ、武市ももうじき切腹ですよ。あまり龍馬伝の先を言うなと。
歴史の事実だから。

仮に自分の身は朽ち果てたとしても、自分の命が朽ち果てたとしても、維新という事が成されれば、それはそれで立派に事を成せり。
僕はそう思ったんですね。

仮にこれで我々が、NTTという日本で一番大きな会社にチャレンジして、ぶち当たって、ぶちのめされて、ソフトバンクという会社が死んでも、孫正義という人間が死んでも、そのぶち入れた岩で、ガーンと波紋が起きてその反対側から、俺も価格競争だと、俺もスピード競争だと、あのウスノロの、どでかい会社がですね、これいまツイッターでもね、Ustreamでも流れて、NTTの人も読んでるかもしれんけど、あえて言うとくよ。

あのでかーい会社が、ウスノロの会社が、これで目覚めてくれたら、あんたも同志だ! ライバルとしては戦ってるけど、心の底では同志だと思ってるよ。
ちょっとフォローしました。

そういうことで、新しい時代が来れば、それでええじゃないか。
なんぼのもんじゃい!

ソフトバンクの株主には申し訳ない。社員にも申し訳ない。すまん、一緒に死んでくれ。
そういうことですよ。

革命とはそういうものだ。
命もいらん。金もいらん。名誉もいらん。そしてソフトバンクがなくなって、そしてソフトバンクの名誉もなくなっても、もうええじゃないか。

それで日本のインターネットの夜明けが来れば、日本のブロードバンドの夜明けが来れば、それでいいじゃないか。

そのくらいの覚悟がないとですね。事は成せん。
私は真剣にそう思ってるんです。

結果、日本は世界一安くなったんです。
世界一の速度が出たんです。

だから、世の中が悪いとか、政治家が悪いとか、景気が悪いとか、そんな言い訳を言うとったんじゃ、そんな愚痴を言うとったんじゃ、しゃあないぜよ。

愚痴を言ったら、自分の器を小さくする。

愚痴なんか言うとっても、なんも世の中ようならん。

愚痴を言う暇があったら、自分ひとりの命でもいいから、命を投げ捨てる覚悟があれば、波紋は起きはじめるということです。

私はそう思うんです。

ということで、人生の5大勝負、40代の一個目の大きな勝負が、ブロードバンド参入。

そしてもうひとつの大きな勝負をですね、モバイルインターネットだ。
そのためにボーダフォンジャパンを買収した。

身は捨てる覚悟ですけども、でもね、経営者ですから、上場会社の社長ですから、つぶれないようにはせにゃいかんです。
社員に一緒に討ち死にしてくれーッ!と言うても彼らの生活もありますから、責任もありますので、一応いろんな計算をしないといけない。戦略も立てないといけない。戦術も立てないといけない。技術的な吟味もしなければならない。当然のことながら、ただ討ち死にすればいいってもんじゃない。勝てるような構えをつくってやっていかなきゃいけない。

ということでやって、もがき苦しみながら、結果的にはブロードバンドも成功。
ブロードバンドも利益は出るようになりました。やっと利益が出るようになりました。

やっと利益が出るようになって、ネットバブルの傷もすこし癒えて、なんとか利益が出始めたというときに、もう一発勝負に出ました。

なぜなら、19歳のときに決めてたからですね。40代、私が事業家として40代のときには勝負をすると。
48歳になりました。ボーダフォンジャパンを買収しようと思ってたときには。

48歳。40代のときにひと勝負をする。ブロードバンドで全財産投げ打った。こりゃまだね、勝負はしたけど、まだちいとしたらぬ。

48歳、あと2歳残ってる。ということでもうひと勝負かけよう。もう1回全財産つっこんじゃえ。

いうことで、2兆円に時価総額が復活していました。ネットバブルはじけて、ヤフーBBしたことで2000億まで落ちたんですよ。

そこからまた10倍まで這い上がった。
這い上がった2兆円のときに、もう1回全財産ぶちこんで、2兆円の会社がですよ、2兆円買収金額使って、もう一発、最後の大勝負に出た。

それがボーダフォンジャパンの買収でした。

そのときは番号ポータビリティが始まる直前でした。
草刈場になる! と言われました。

ボーダフォンジャパン、これはボコボコにやられる。ソフトバンクになってなおさらやられる。いうふうにみんなが言ってました。

そのときに4つ改善しなきゃいけないことがある。
端末が、ボーダフォンジャパンの端末がダサい。
ネットワークがつながらない。
営業が弱い。ブランディングが弱い。
そして、コンテンツがない。

この4つの問題点がある。これしかない、逆に言えば。

この4つの問題点を解決しなきゃいけない。
これを改善します。
いうことでコミットして、始めました。
そしてホワイトプランだなんだといろいろなことをやって、なんとかグーッと這い上がってきた。
そこに、救世主あらわる。

これですね。iPhone。

ソフトバンクだけが日本でiPhoneを販売しております。

このiPhoneのおかげで、ソフトバンクはグッとそこからまたさらに上っていった。いうことがあります。

そして去年1年間で見ても、ドコモよりも、純増のユーザー数が2年連続で1位。

この赤いのがボーダフォンの時代。ほとんど伸びてないですね。
グレーのところがソフトバンク。ソフトバンクになって急激に増え始めた。いうことであります。

お客さんの数がどんどん増えている。

テレビ宣伝も好感度ランキングで3年連続ナンバーワン。
白い犬、お父さん、白戸家。これも3年連続ナンバーワン。

なんとか、最後の大仕上げのところも、無事に乗り切りつつある。

今私は、50代になりました。

50代でビジネスモデル、事業をある程度完成させる。

ということが、19歳のときに立てたライフプランであります。

20代で名乗りをあげる。
30代で軍資金を貯める。1000億2000億という規模の軍資金を貯める。これが株式上場ですね。
40代でひと勝負。無茶な勝負をする。それがヤフーBBとボーダフォン買収。

ちなみにこの2兆円の現金による買収というのは、日本の歴史始まって以来、最大の買収でした。
日本の経済史始まって以来、最大の現金による買収というのが、このボーダフォンジャパンの買収。

全世界で見ても、現金による買収では世界2番目です。人間の歴史で。
アメリカで1社だけあった。

そのくらい大きな博打だったんですね。

皆さんから見ればボーダフォンジャパンの買収か、あんま大したことないと思うかもしれませんが、でも一応、日本の歴史上、最大の買収、最大の大勝負、しかも、ほとんど全部借金でやったわけです。むちゃですよね。

まあでも、40代までは無茶をする。

50代は、ビジネスモデルを完成させる。
借金を2011年度には借金を半分にする。
そして14年度にはいまから4年弱で、ゼロにする。
純有利子負債、これをゼロにする。

そういうわけで、順調にこの通りのペースでいってます。

営業利益のほうも、ガーンとどん底の大赤字になりましたとかいいましたけども、そのあと、どんどん利益を出して、4月からの、来月からの新年度で、5000億の営業利益を出す。いうところまでいきました。

ボーダフォンジャパンの買収は、40代、一兆円二兆円というというところでしたけども、成功だったと。
本当に利益が出るようになった。

どのくらいの規模かというと、今年の予想はですね、日本全部の会社で6位。

仮にみなさんがソフトバンクに入社したいと思っても、みなさんの家族、親戚の人に、大丈夫か?と。
そんなわけのわからん会社、ソフト「パ」ンクみたいな会社に入社して、つぶれるんじゃないか?
なんかあそこは借金多いらしいぞ。いうイメージがあるんだけど。

実は利益では5000億を越した、創業30年で5000億を突破というのはなかなかないと思いますよ利益で。まだ29年ですけども。

我々よりも大きい会社はみんなもう50年100年200年という会社ですね。
トップ15社の中では一番若い。一番若い。もちろん伸び率も一番大きい。

そういうことで、なんとか、波乱万丈でしたよ。10代の勝負、20代の勝負、30代の勝負、40代、人生5回のむちゃな勝負をしてきた。波乱万丈でしたけど、なんとかここまできた。

そして昨日ですね、さらにまたコミットしました。

ソフトバンクの携帯を皆さんも使ってる人多いかもしれませんが、時々圏外になる。

どのくらい圏外かというと、仮に自宅の数字でいいますと、98%の自宅は電波つながる。
2%のお客様は自宅で電波つながらない。

これは我々の調査です。

ドコモさんとかAUさんは、だいたい99%です。
99%対98%、我々のほうがちょっと負けてる。

それでまあiPhoneとかね、アクオスケータイとかホワイトプランとかいろんなことで、1%の差であればソフトバンクやってみるかというお客さんがいるのは事実ですけれども。

いままではそれでいいと思ってたんです。経営的に。
ボーダフォンジャパンを買収したときから、電波の基地局の数は倍増させたんです。

ボーダフォンジャパンを買ったときは、全然ダメだったと思います。
でもそこから倍増させたんです。
まあいいか、と思ったんです。

しかし、この3ヶ月間、ツイッターをはじめた。

ツイッターをやっていると、生の声が、お客さんの生の声が、毎日バンバン来る。
いろんなことを、いいこともたまには言うけども、それよりなにより、電波つながらないよボケーッ! 何とかしろー!
こういう声がいっぱい書かれる。

胸がグサーッ! と来るわけですね。
iPhoneすばらしい。ソフトバンクのホワイトプランもまあいい。でも電波つながらなきゃしょうがないだろう。

と言われると、あーッと胸が。
なんかこうちょっと激しそうなことをたまに言ったり、いさましいことを言ってNTTと戦ったり、でもつながらないぞーと僕も心が痛む。グサーッ! と。

そしたらなんとかせにゃいかんと。

銀行さんからいっぱいお金を借りている。二兆円も借りてる。
返すほうに優先しなきゃいけないということで、経営的にはそっちを優先してたんですが、でもなんのためにソフトバンクの事業を興したんだ。何のための人生だ。そういうことをもう一度、ツイッターの皆さんの声で、目覚めさせられました。

ガーンとハンマーで頭をぶち殴られた気分です。
電波つながらなきゃしょうがないだろうと言われて、ものすごく反省しました。

こりゃいかん。ちょっと心が濁っとった。二兆円借金してる、早く返さなきゃいけない。そのことにばっかり頭がいってて、肝心要の、何のために事を興したか、この事を成す、なんのための人生だ。思ったらですね、やっぱり「電波つながらないとしゃあないだろう」と言われたら、こりゃもう言い訳できない。

いうことで、昨日、ソフトバンク電波改善宣言、ということであります。

もう一度腹をくくって、もう一度自分を十字架にしばりつけて、借金も予定通りのペースで返す。
設置の約束もやぶらない。
それを満たしながらなおかつ、電波をもうちょっとつながるようにする。
100%というのはありえない。
ここがつながらない、あそこがつながらない、というのは永遠の課題だ。
だけどせめてできることは、ワシらに出来ることは何や? 基地局を倍にする。ということであります。

電波がつながるように電波を発信する。

携帯電話って皆さんポケットに持ってると、無線でつながってる。

電話同士が直接つながってるわけじゃないんです。
皆さんが持ってる携帯電話は、自分の友達の携帯電話に電波が直接行ってるんじゃないんです。

皆さんが発信すると、必ずですね、電波の基地局に行くんです。そして電波の基地局から交換機に来て、そこから折り返して、皆さんの友達とか家族がいるところの基地局に中継して、その基地局から皆さんの友達につながる。

携帯電話から携帯電話に直接つながってるんじゃなくて、携帯電話で発信したら必ず自分がいるところの最寄の基地局に行くんです。
そこから交換機からバックボーンでつながって、交換機のバックボーン網から、もう一回友達のいるところの近くの基地局につながって、そこから友達の端末につながるんです。

基地局を増やさないといけないわけですね。基地局。
これを、倍増させる。いうことであります。

3年間かけて、3年半かけて、ボーダフォンジャパン時代の基地局、倍にさせました。

この倍にしたヤツを、さらにもう一回倍にする。いうことであります。

倍増作戦。ボーダフォンジャパンを買ったときから比べたら倍増させたんですけども、もう一回、そこから倍増させるということを昨日宣言しました。

社内では経営会議や役員会議で、喧々諤々でしたよ。

社長ーッ! 無謀だーッ!!
そんなに金ありませんー!
そんなに短期間に工事できません!

いろんなことを言われた。

うるさいーッ! 黙れーッ!!
わしゃ行くぞーッ!
もうわしゃ命を賭けると約束したと、ツイッターで書いちゃったぞ。

命かける覚悟で言っちゃったよ俺は。

お前らは、あーあの人はいい人ですか。そういうつもりかと。

わしゃ命賭けると約束した。これ破るわけにはいかん。
もちろん100パーを約束したわけじゃない。
あいつ命賭けると言うとったなら俺もここで便所でつながらんぞ。
だからあいつ命賭ける言うとったから命よこせ!
それもちょっと困る。

100パーを約束しているわけではない。
少なくとも電波を著しく改善させます。
そこだけは約束した。

著しく改善させるってどういうこっちゃ?
分かりやすく言えば、数で言うならば、今我々が持ってる3年半かけて作った基地局を、倍にする。

98%既につながってるんですよ。98%つながってるものを、99%にするために、あと1%ちょっと伸ばすために、倍にする。
というのは経営効率はむちゃくちゃらしいわけです。

経営的には。
普通、計算をする経営者の立場からすると。1軒の家をつなぐのに、300万円くらいかかったりするわけです。下手すると。

山の中のちっちゃな村とかね。

で、たった一人か二人のお客さんを追加で取るために300万かけて、そこに基地局作って、あるいは500万円かけて基地局作ってですね、その3人の家族が一生かけて払ってくれる携帯電話代ってそんなにならないわけです。

もういまホワイトプランでだいぶ安くなってる。

計算だけで言えば、98%行ってるものをさらに倍にするというのは無謀な決意ですよ。

だけど、計算したらいかんと。

腹をくくって、著しく改善させるったら著しくするんだ! 言い訳なしだ!
100パーにはならんけど、せめてこちらの誠意を示そう。

電波の周波数を不利なヤツしかもらってないとか、そういう言い訳言っちゃいかん。
一切そういう言い訳を言うなと。

やるんだと。著しく我々にできることを精一杯やろうよ。

ですから、ネットワーク改善宣言の第一弾。
基地局倍増!

第二弾。
それでもつながらないご自宅が1%くらい出る。
それでもつながらないお客様の自宅に、自宅用の小型基地局、フェムトって言うんです。これをタダで提供する。

最後の1%のお客さんに、自宅専用の小型基地局を無償で提供します。
これはブロードバンドにつながってますからブロードバンド回線もいる。
じゃそのブロードバンド回線もタダで提供する。
もう言い訳なしや!

このフェムト専用の回線ですね。
ですから必ずつながる。
ということであります。

さらに。
店でつながらないぞ!
俺の会社でつながらない!
というお客さんがいます。

じゃあもうこの際だ!店も会社もタダだ!
いうことでこれもタダで提供する。
これも回線もタダで提供する。

さらに、もっと速く繋ぎたい。速度を。というお客さんに。
Wi-Fi(ワイファイ)のルータ。これを店と会社に提供する。
タダで配る。

もうこの際、やるったらやる!
ということであります。

それでも100パーにはならないでしょう。
100パーにはならない。
100パーにはならないけど、せめて我々が示せる誠意を示そう。

我々の腹の底からの想いを、提供しようじゃないか。

この4つの点を、電波改善宣言ということで、昨日宣言したわけです。

まさに我々がブロードバンドに参入するときに行った決意と同じ意味での決意であります。

この4つの改善宣言、基地倍増、自宅、店、そしてWi-Fi。

じゃあここまでは、そういうことで、ここまでは我々ソフトバンクの歩みでした。
我々の志であります。

こっからさらに、皆さん若いですからね、こっからさらに我々ソフトバンクが何を目指すのか。
2つの方向性。

モバイルインターネットの世界ナンバーワンの会社になりたい。
そしてアジアインターネットのナンバーワンになりたい。

この2つであります。

そもそも、インターネット革命とはなんぞや。

産業革命とは、農耕社会から、工業社会へ。
第一次産業革命というのは、軽工業。イギリス中心にですね、軽工業。

第二次産業革命は、重工業。これはアメリカを中心に。

今は、その第二次産業革命の末期です。
日本が最近輝きを失っているのは、この第二次産業革命の後期・末期で、日本の存在意義が揺らいでいる。

アメリカを中心として日本が後追いして、産業革命・工業革命という意味では、より賃金の安い、より材料が安い、中国・インドに全部移っていく。だから日本の競争力がなくなった。

組み立て産業、ものづくり産業で、日本がもう一度競争力を取り戻すのは、ほぼない。
私は断言します。

皆さんまだ20代なったばっかりですよね。
皆さんにとって、これから50年人生がある。
これから50年の人生で、皆さんにとってですよ、日本にとって、これから50年の人生で、賭けてもいい。
日本のものづくりの工業生産国家として、競争力を取り戻して、世界の一位二位を争うような、競争力を取り戻すという時代がもう一度来るか。輝かしい日本のエレクトロニクス産業、ものづくり産業、自動車産業、そういうことで日本がもう一度輝ける時代が来るか。

私に言わせれば、ありえない。
断言します。

一部ではありますよ。一部の会社。一部のセグメントではある。でも大きな山で見ると、大きなものさしで見れば、賃金の安い中国、インド。国内の市場のボリュームが大きい彼らに、どうやって競争できるんだ。

少なくとも今のままの日本の延長線ではない。
なんか大きな革命がおきれば話は別です。
今のままではおそらくないだろう。

私は少なくともそう思う。

日本が唯一復活できる可能性があるもの。何か?
それは筋肉じゃないんです。人口の数じゃないんです。頭で勝負するところなんです。

頭で勝負するところ。

人間の数ではかなわないわけですよ。
筋肉でもかなわない。
賃金でもかなわない。
頭で勝負する。
ここなら唯一日本の、最後のチャンスがある。

ITの第一次革命は、アメリカでした。
でも産業革命の第一次革命がイギリスで、第二次革命はアメリカに移った。

IT革命では第一次IT革命はアメリカですけども、第二次革命として、アジアが中心のIT革命になりえる。

PC中心からモバイル中心に。
ということでもう一度スタートラインに並びます。というチャンスがある。

この2つの面でチャンスである。

アジアを制するものが世界を制す。
モバイルを制するものがインターネットを制する。

こういう、もう一回だけ、最後のスタートラインの仕切りなおし。
だから私はモバイルインターネットということを言ってるわけです。

モバイルインターネットナンバーワンを目指そう。
我々のグループはですね。

なぜモバイルインターネットか。

通信の速度、これが750倍になった。
携帯にはいってるCPUの演算処理速度。これが500倍になった。

ものすごい勢いでまだまだ進化している。
ものすごい勢いで成長している。

逆に言うとですね、産業革命の後期にある、末期にある分野、代表的な例が自動車です。

自動車はこの10年間で、エンジンの速度が何倍になったのか。
1.1倍ですよ。1.1倍。

たった1.1倍しか伸びてない。
つまり成熟産業なんです。完全なる成熟産業。だからアメリカの自動車会社が、三大自動車会社が全部おかしくなった。
あれほど栄えてたアメリカの自動車会社が、全滅状態になった。

ついこのあいだトヨタがぶっちぎりで世界最大の自動車産業、利益を出して、日本でも最大の利益を出して、これからトヨタの天下がずっと続く。多くの人が思ったわけです。

でも、大赤字に転落した。
いまから復活してくると思いますけど、復活はするでしょうけども、輝かしい、大きな成長がこれからどれほど見込めるのか。
ということでいえば、若干クエスチョンマーク。

なぜなら成熟産業だから。
成熟した産業は、賃金の安い国。資源の安い国に、国内の、自国の国のユーザー、消費者をたくさん持ってる国に需要が移ってしまう。

そういう意味で厳しいというわけですね。

だけど、モバイルインターネットの世界は、まだ始まったばかり。

この中でiPhone使ってる人、手を挙げて。
おー、すごい。8割5分だな。

こん中でツイッター使ってる人、手を挙げて。
あーすごいわ。98%ぐらいですね。

すごい。

僕がすごいと思うのはね、ヤフーを始めて、1年後のこういう新卒の説明会で、同じように聞いたんです。ヤフージャパンを始めて1年目。
まだ日本の消費者がほとんど使ってないとき。
この学生の皆さんに聞いたら、98%くらいの人がヤフーを使ってる人で手を挙げる。

日本でまだ8割以上の人がiPhone使ってる状態じゃないよ。
98%の人がツイッター使ってる状態にはまだほど遠い。

でもここにいる感度ビンビンの皆さん。
8割以上、8割5分くらいの人がiPhone使ってる。
それだけ感度が高い人たちが今日集まってる。

うれしい。すごくうれしいです。
まさに皆さんは分かってる。本能で分かってる。

世の人々よりも先に立ってるということであります。

ということで、これから世界の携帯電話のユーザーは、7億人から、この10年間で50億人に増えたんです。

さらに増えます。
モバイルインターネットが世界のユーザーが続々とこれから増えてくる。

そしてインターネット市場が、これからは電話の会社を中心とした携帯ではなくて、インターネットの会社を中心とした、モバイルインターネットの時代になる。

携帯電話は電話会社がほとんど始めました。

インターネット会社が携帯の会社を買収したというのは、おそらく我が社が初めてだろうと。
でもこれからは、違うんです。

携帯が音声を中心とした携帯「電話」と言われる時代から、携帯「インターネット」と呼ばれる時代になる。
モバイルインターネットという時代になる。

ますますiPhoneは強くなる。
もちろんiPhone以外にもAndroidの、スマートフォンも続々と出てくる。

こういう時代がくる。

日本でもiPhone売れまくってます。

ツイッターでも、私は人々に多くの人々に聞きました。
30年後の教育はどうあるべきですか?

聞いたら一瞬で、1時間で230件の意見が寄せられた。
そういう時代が来る。

人間の脳を、人々の知恵と知識を集めた。そういうことを推進して、人類の社会、発展に、幸せに貢献する、それがソフトバンクの理念です。志です。

まさにツイッターがその状態だ。
私がツイッターに熱くなるのは、そういう理由です。

ツイッターだけに限りません。
ツイッターが先進的な事例ということであります。

人々の脳と脳を合わせたように、知恵と知識を集めて、人々がより幸せになれる。そういう社会がやってきた。
それに我々は貢献したい。

やりましょうリストも、昨日発表しました。

私がすぐツイッターでいろんな人からリクエストが来るとですね、「やりましょう!」
社員が右往左往する。

言ったことをちゃんと果たさないといけない。
工程表を作った。
「やりましょう」リスト。
「できました」リスト。
「検討します」リスト。
3つに分けた。

これからどんどんと経営の意思決定の速度を速くする。
経営意思決定をするのに消費者の皆さん、ユーザーの皆さんと直接対話できるような状況に持っていきたい。

さらに、今日も流していますが、Ustreamも、文字だけじゃなくて、リアルタイムの動画で世界中の人々と情報共有する。

そこに世界中の人々が、ツイッターで文字で意見を双方向で寄せられる。

人と人の心がつながる。

決算発表会もこないだやりました。
これも初めてUstreamで流しました。
なんと決算発表会の間だけで、10500件のツイートが来た。
1回の決算発表会で。リアルタイムに。
すごいことですよ。
ありえない。

流れてくるツイートの状態が、映画でありましたね緑色の文字がダーッと。MATRIX。あの状態。動体視力を。という感じで。

すごい勢いで流れました。

そういう時代がやってきたということですね。

ライブの中継も配信されました。

あらゆるコンテンツが流れる。
まさにモバイルインターネットの時代がこれからやってくる。

それが1点目。

もう1点目は、アジアを制する者が世界を制する。

中国のGDPが、今年確実に日本を抜きます。
世界で2位になります。

そのまま勢いが止まらないで、アメリカを抜くところまで行く。
中国は世界最大のGDP国家になる。

インターネットの通信も、10年ちょっと前、アメリカが5割くらいあった。アジアは19%。

それがいまや、これからもうじき、アジアが50%。アメリカが12%。
つまりアジアを制したものがインターネットを制するという時代が、間違いなく来る。

ゲームソフトの市場。
これも全部インターネットになっていく。急成長する中国は日本を確実に抜いていく。

そのアジアで、ソフトバンクグループは着々と手を打ってきています。
つまり中国が一番大切なんです。

中国の企業間のイーコマース、ナンバーワンのシェア、99%のシェアを取ってる。

B2C、C2C、日本でいう楽天だとか、ヤフーショッピングだとか、アメリカでいうアマゾン、イーベイに相当する企業がタオバオです。
このタオバオは、中国全部のオンラインショッピングの8割のシェアを取ってる。

オンラインの支払いの決済でも、9割シェアを取ってる。

SNS。ソーシャルネットワーク。日本でいうmixiだとか、ツイッターとか。圧倒的なシェアを取っている。

イーコマースの規模。
日本をはるかに越える。

ソフトバンクグループのタオバオは、オレンジ色。今年は5兆円くらいです。

楽天はまあ8000億円くらい。

同じ日本円に換算して、圧倒的に伸びている。

これはソフトバンクとアリババが50%ずつ出したジョイントベンチャーで作った会社がタオバオであります。

アリペイのユーザーも、中国全土のクレジットカードを抜いた。

人人(レンレン)。これは日本のmixiとかモバゲーとかに相当するもの。これも8割以上のシェアを取っている。1億3000万人。

そういうものを単純合算すると、ソフトバンクグループの中国におけるインターネットユーザーは、ソフトバンクグループだけで6億人いました。ダントツ。

5.ボーダフォン日本法人買収!

さらに、モバイルインターネットとして、中国一のチャイナモバイル。ヨーロッパ一のボーダフォン。アメリカ一のベライゾンの会長を説得して、4社のジョイントベンチャーを作りました。
これがJILです。

4社の合弁会社の会長を私が、初代会長を務める。まあ一応持ち回りですけどね。初代は私にやってくれといわれました。

いまこの顧客規模が10億人いる。

ここから最後ひとことが入ります。

いま50代です。52歳ですが、60代になったら、61歳から69歳のどこかで、皆さんの世代にバトンを渡す。
次の時代に経営を移す。

そこで、今年の6月の株主総会で、ソフトバンク30年ビジョンを出す。
ちょうど30周年になります、今年。
30周年になりますので、次の30年分のビジョンを発表します。

30年前に掲げたビジョン。
それは、マイクロコンピューターのチップがあらゆる人類の未来を一新させる。
将来可能性のあるビジョン。

現在、まさにそうなっています。
マイクロコンピューターは自動車にもエアコンにもパソコンにもテレビにも携帯にも、ありとあらゆるものに入ってます。

そのときのビジョンが、このように実現したわけです。

もうひとつのポイントは、30年前に、数は一兆二兆(一丁二丁)と数える規模にしてみせる。

まさに現在、売り上げが2.7兆円になりました。
2兆円の買収も行いました。
売り上げも買収も、一兆二兆と数える規模になりました。

これからどうなるのか。
まずは大きな枠組みで見ると。

コンピューターは脳細胞を超える。
人間の脳細胞は300億個。シナプスというものがあります。くっついたり離れたり。300億個あります。
人間の脳は有限です。

2000年前も現代も同じです。
今から2000年後も300億個です。

人間の脳細胞の数はもう決まってる。DNAで。
でもコンピューターは違います。

2018年にワンチップの中に入ってるトランジスターの数が、300億個を超えます。

人間の脳細胞もオン・オフで、くっついたか離れたかで、シナプスがくっついたか離れたかで記憶をしたり、考えるということをしてる。

トランジスターも、くっついたり離れたり、電流が流れる・流れないでオン・オフ。人間の脳もコンピューターのチップも2進法です。

ですからハードウェアの面では、コンピューターのチップが人間の脳細胞を機能的に超えるのは、ハードウェアの面で超えるのは2018年前後です。

2018年に300億個を超えるだろうということを、私は20年前に計算しました。
予測を立てました。

実際にも今その通りのペースで動いています。

もう一度計算しなおしました。2年くらい前に。
おんなじ結果が出ました。

ですからまさにそのペースで動いている。

そのような進化が生まれるとき、人間社会がどうなるのか。テクノロジーはどうなるのか。人々のライフスタイルはどうなるのか。
ということを、これからまとめてですね、6月に発表します。

ソフトバンクのめざすべき、21世紀の人々のライフスタイルについてのビジョン。そこにソフトバンクが経営としてどう取り組んでいくか、ということを掲げたい。

志は1回も変わっていません。

その志を実現させるためのビジョンであります。

で、私は60代で引退したあとに、何をするんだ?

私の夢は、ソフトバンクアカデミア、設立。そこの初代校長先生になりたい。

夢は私のささやかな最後の夢である校長先生になりたい。

何をするところですか?

もともとアカデミアとは語源、最初のオリジンは、紀元前387年、プラトンが創設。哲学を教授した。
15世紀にメディチ家によって「プラトンアカデミー」として復興した。

もう一度21世紀に、ソフトバンクアカデミアとしてさらに振興させたい。

そのアカデメイア。最初の入り口に書いてある。

幾何学を知らぬ者、この門をくぐるべからず。

ソフトバンクアカデミアの門に書きたい。

デジタル情報革命の志を持たない者、この門をくぐるべからず。

そのソフトバンクアカデミアは、ソフトバンクグループの経営陣を育てる。リーダーを育てる。
そのための学校である。

リーダーに求められる必要不可欠な条件、それが「高い志」である。

皆さん、全員がリーダーになる資格がある。
皆さん全員が、イコールチャンスを持ってます。

ちなみに私の後継者になると、ソフトバンクグループの社長になる人には、とりあえずストックオプションで100億円ぐらいは出したい。

ですから皆さんも退職金ソフトバンクに入ると2000万かな、1000万かな、3000万かな。そういうちまい計算はしないでほしい。

やるなら100億円くらいちょっともらおうかな。
そのくらいの気持ちでいて丁度いい。

でもそれは、お金のためにものを考えてはいけない。
さっき僕が言ったとおりですね。

でもやるなら、そのくらいのことは経営者には渡すつもりですよ。

僕の直接の、グループ全体の後継者にならなくたって、5000社くらい作りたいと思ってますから。ソフトバンクグループ。
いま800社です。

800社くらいしたい! ソフトバンクグループがまだ4、5社のときに僕は言いました。
ソフトバンクグループはいずれ800社ぐらいにするぞ。

800という数字どっからきたんですか?
まだ10社くらいに言ったら部下に聞かれた。
800ってどこから来た数字ですか? 何の根拠ですか。

そんな根拠なんかない。嘘でも800だーッ!

本当に800社になりました。

800社になりましたが、僕が引退するころには、5000社くらいにしたい。

あんまり根拠ありません。
でもそのくらいにしたい、というイメージを持ってる。

ですからこのソフトバンクアカデミアのそういう経営陣だけでも5000人になる。

5000人の社長になる資格がある。
5000人のCFOになる資格がある。
CTOになる資格がある。
財務の責任者、技術の責任者。
そういう資格がある。

副社長になる、役員になる資格がある。

5000社あれば社長だけで5000人ですから。

経営者道場。

5000社あれば、社長と財務担当総責任者と技術担当総責任者、それだけで15000人になります。

さらにそれはソフトバンクグループを離れて、もう少し多くの人にできたら広めていきたいなと思っています。

そういうものを21世紀のプラトンアカデミーにしていきたい。

金を残すより、
名誉を残すより、
人を残したい。
人に志を残したい。

というわけで30年ビジョンを6月に発表します。

30年後のビジョン、その主役は、あなたです。

今日ご縁があって、これからソフトバンクの新卒社員として入る人もいる、あるいはそうでない人もいると思います。
でもそういう人にとっては、今日の皆さんとの出会いが、一生の中で、今日が初めての出会いです。

生で僕を見て、生孫だーッ!と時々ツイッターでますね。
生で僕の声を聞いて、生で僕の目を見て、こういう一緒の部屋で空気を過ごすのは、生まれて初めてで、今日が最後。
今日が最後になる人が、大半だと思います。

ひとつだけ、せっかくの機会で同じ部屋にいたら覚えていてほしいことがある。
志とは。
人生とは。
皆さんが登りたい山を、自分で登りたい山を、この1年くらいで決めてほしい。

自分の人生を何に賭けたいのか、心に決めておく。

残された人生の年齢が少ないと、実現できる可能性がそのぶん減る。

早く志を持つものが強い。
自分の人生を無駄にしない。

一回しかない人生を無駄にしないでください。
大切にしろよ。

自分の登りたい山を決めないで歩くのは、さ迷うに等しい。
一生懸命歩いたって、みんな一生懸命生きてるんです。皆さんの親も、友達も親戚も、みんな一生懸命生きてるんです。

だけど、登りたい山を決めてない人が、腹の底から決めきれてない人が、実は99%なんです。

なんとなく人生を過ごしている。こんなはずじゃなかった。
皆さんのご両親も大概言ってるよ。

99%の人がしっかりと腹の底から自分の登るべき山を、自分の夢、自分の志を決め切れてない。

このことだけは、覚えといてください。

この1点だけ。

ソフトバンクのほかの数字なんて全部忘れていい。そんなことどうでもいい。

自分自身のために、僕の言った話は全部忘れていい。
皆さん自分自身のために、自分の人生って何だ?
自分は何の事を成したいんだ?

この1回だけは決めてほしい。

大切ですよ。

自分の人生。
目指すべき山、これを決めてほしい。

起業の思い。
私にとってですよ。

龍馬の本にめぐりあえた。
世に生を得るは「事を成す」にあり。

事を成す。それは自分にとっての志を成す。

志ということです。

そこでソフトバンクは会社を興しました。

もしご縁があって、ソフトバンクに一緒に入社して、一緒に山を登ろう。

何か孫が面白いことを言うとる。あの男に一緒について山登ろう。という人にとっては、より直接的な仲間になる。

一人で登る山。それはそれで素晴らしいけど、一緒に登る山、これはこれで楽しいですよ。

遠足行っても一人で行ったら遠足楽しくないでしょう。
クラスメイトみんなと一緒に行くと、山登りしても楽しいじゃないか。

会社とは何か?

日本で最初に誰が作ったか知ってますか?
日本で初の株式会社を誰が作ったか。
坂本龍馬です。

日本の株式会社第一号。それは坂本龍馬が作った亀山社中。

これが最初の、日本第一号の株式会社。

ですから一緒に山を登るということは楽しいことです。

会社とは何か?
カンパニー。「カン」というのは「一緒」です。
「パニー」はパンを一緒に食べる仲間たち。
食をともにする。

これが会社の語源です。

カンパニーとしてもっとも大切なのは、食べるパン以上に、志を一緒に食べる。志を一緒に共有する。
これがもっとも大切なことだと私は思います。

さっき言いました。
会社を始めて1年半で、肝臓を患い、3年半、入院出たり入ったり。

そのときにですね、病院のベッドで泣きました。
まだ会社始めて1年半ですよ。
入院しなきゃならない。
借金もある。ま借金はいつでもありますけど。
会社始めたばかりでお客様も社員も
娘も産まれたばっかりだ。

で、医者からは「もってあと5年だ」と言われた。命が。

こんなに勉強して、熱い想いで会社を興して、成したい事があるのに、たった5年で俺の命は終わるのか!

もうヤケクソですよ。
えーいクソッ!

何のために会社を興したんだ。
ボロボロに泣きましたよ。一人でね。

もうそれこそ、物欲なんか全部なくなりますよ。
洋服なんていらん、家もいらん、車もいらん。
命だけほしい。

命だけほしい。命さえあれば、家族に会える。

皆さんも余命あと5年とか言われたらどうします?

そのときに僕は思った。

もう会社はどうでもいい。

お客さんどうでもいい。

命さえあれば。産まれたばかりの娘、その笑顔をもうちょっと見ていたい。

そのときにね、龍馬の本をもう一回読んだんです。

龍馬は33歳で死にました。
最後の5年でどでかいことをした。

じゃあ俺だって5年間だ。
命より残ってる5年間でまだやれることがあるんじゃないか。

頑張って仕事すれば、娘の笑顔をまた見れる。

病院のベッドを抜け出して、命縮まると言われて医者から怒られながら会社の仕事。

結局俺何のためにやってるんだろうと思ったら、笑顔が見たい。

大きな大義とかどうでもいいと思ったんですよ。
笑顔が見たい。

何がほしいか。娘の笑顔がほしい。
娘の笑顔だけでいいか?

いやいや、家族みんなの笑顔がみたい。
親も、兄弟も、笑顔が見たい。
それだけでいいか?

社員の笑顔が見たいな。一緒に働いた。
助けてくれたお客さんの笑顔も見たい。
お客さんてどれくらいだ。

見も知らない知りもしないどっか遠くの国の、カンボジアかどっかの山ん中のどろんこに顔を汚した5歳くらいのちっちゃな女の子が笑顔で天を仰いでいる。

誰に感謝していいか分からないけど、ありがとうとつぶやいている。

そんなことができたら、自分としては幸せかな。

そう思うと、やっぱり最後にもどったのは、究極の自己満足。

自分が満足するために仕事をしてるんだ。

究極の自己満足というのは、自分のエゴのための満足じゃなくて、自分の物欲とか名誉欲とかじゃなくて、自分の究極の自己満足は、わけのわからない、どこか遠くにいる人から、名前も覚えてもらってなくてもいいから、感謝を一言ちっちゃくつぶやいてもらいたい。

それだけで満足だ。

というのが、僕の最後の結論です。

事を成す。
かっこいいことを言う必要はない。
難しい言葉を言う必要はない。

僕に与えられたのはただひとつ。

人生の命題は、コンピューターを使って、インターネットを使って、デジタル情報革命を起こす。そのデジタル情報革命をすることによって、多くの人々が、まさにもうツイッターのように、知恵と知識を共有できて、500年後1000年後の人々が感謝をしてくれる。

わけも分からずに直接我々あるいは間接的に、ありがとうと、ただ一言つぶやいて、それだけでいい。

それが僕にとって、そして僕についてきてくれるカンパニーとしてのソフトバンクの社員の人たちに、共有して持ってほしい。
ソフトバンクの社員にならなかった人にも、今日ここにいる皆さん。そして今ツイッターで僕がしゃべってる内容を一部でも共有していただいた皆さん。Ustreamを見ながら、僕の想いを共有していただいた皆さん。みんながなんらかの形で、幸せになってくれればと。

みんながちょっとでもそういう気持ちを共有して、残りの多くの人々に少しでも幸せを提供できたら、人類がもっと平和になって、多くの人々がもっと幸せになれる。そんな世の中にできたらいいなと、僕は思っています。

そういう想いを込めて、僕の一番好きなビデオを最後にちょっとそれだけ2、3分見ていただきたいと思います。

ありがとうございました。


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