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ジョーダン・ピーターソン | トロント大学 心理学教授 「責任」

番組へようこそ、ピーターソン博士

最近Youtubeで注目をあびていますが、今まで語られなかった事を話しているからだと思うんです。
具体的にお話してもらえませんか?

一つは「責任感」でしょう。
いままで若者達に責任感を語る事がなかったと思うんです。50年間もの長い間彼らの目線に立って話されてこなかったんです。

人間は人生の意味を「責任感」を通して見つけるものなんです。

これからの「責任」の話をしよう。

人生の悲劇や不幸、失敗への対処法は...人間はいずれ死ぬという事を受け入れ、このゲームを最大限にプレイする事です。

そして不思議な事にその意志が自然と解決策へと導いてくれる成長に犠牲はつきものです。

一つの可能性を具現化するために子ども時代の無限の可能性を犠牲にしなければいけない。それは何故か、一つは、いずれその時がくるからです。

自分で行き方を選択するか、30歳になるまで先延ばしにすることになる更に最悪なのは40歳だ決して幸せな日々は送れないだろう。

25歳のときに馬鹿をしても特に問題は無い、将来性は存分にあります。

でも同じまま30歳になったとしよう。周りはそこまで期待しなくなる「この10年間何をしてたんだ?」とね

まだ自分探ししてるよ」なんて言ってる場合じゃない。それじゃ「年取った幼児」です。それ程、見苦しいものはない。

犠牲を選ぶ理由は、それが不可避だからなんです。それでも最低、自分で選択できるそして更に複雑なのは、子どもでいる事の問題は、潜在力しかないという事なんだ。何にでもなれるが何にもなれていないということです。

だから見習い期間を設けるんだそうすることで「何か」に成ることができます。そうする事で世界が広がるんです。
もし腕の良い配管工なら、それ以上の存在にだってなれる。

従業員のを雇い、他者の教育をして、社会を支える柱となり、家庭を持ち...一時的な見習い期間を経ることで、
自身に制約を設け、成長しそして完了した暁には新たな可能性が広がるんです。

これについてカール・ユングは、最後の半生の正しい成長方法は、見習いになることで置き去りにした自身の子どもの部分を再発見する事だと言いました。

そうする事で何かになることができ、自身の潜在力を再獲得することができると責任感が人生に意味を与えるんです。

では究極の責任を負えばいい、というかもしれない。そうすれば究極的に意味のある人生を送ることになるんだ。

それ程意味があれば、困難にあったり人生が悲劇に基づいていても、価値があるんだ!

人生は大変だ、そこに疑いはない。もし幸運が訪れたり、幸せが実現するならばそれらはありがたく思うべきです。

中には責任を持つのが難しくまた、責任が重圧になってしまう人もいますよね?

ある程度の重圧は避けられないですよ。人生は苦しく、死は等しく訪れます、中には非常に困難な状況にいる荷ともいるでしょう。しかし誰もが皆、人生に一度は困難を味わうはずです。

責任を持ち困難の道を上っていくしかないんです。公平ではないんです。心理療法士として20年勤め、残酷な人生を歩む人がいる事を十分に理解してます。誰もが想像できないような恐怖を目の当たりにしてきました。

あらゆる方法、次元で傷ついた人々を...苦しみや憤り、暴力は役に立ちません。極限の重荷を背負っていても這い上がらなければいけません。それは責任であり、罪ではないんです。誰のせいでもありません。

一つの事に努力を費やし結果をみてみようじゃないか


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